熱いコーラは美味しくない

家庭菜園大好き、家電大好きな二人組の雑記ブログです♪

木が葉っぱを落とす理由から感じる自然の力 素晴らしきこの自然界!

 

家庭菜園を2年前から始めて、畑で自分で野菜を育てているとこんなことを感じました。

なぜ野菜は実を付けるものと付けないものがあり、なぜ秋になると葉っぱを落とすのだろう・・・。

その答えは一年を通して野菜を育てていると知ることができました。全てに理由があり、野菜たちが自分で生きようとしている証なのでした!

 

※これから書くことはあくまでも私個人の見解です

 

 

なぜ実を実らせるのだろう

キュウリやナスやトマト、美味しい実をたくさん実らせて、その実の中に種を持ちます。

小松菜、ほうれん草、レタスは、花を咲かせてそこに種をつけます。

まあ結局は種を作って子孫を残すためですね。 では実を実らせるものと花から種を作るものがなぜあるのか・・・。

なんとなく毎年植え付けをしていたら、実をつけるトマト、ナス、キュウリなどにはある共通点があることに気付きました!

連作障害

です。連作障害とは簡単に言うと、去年トマトを植えた所に今年もトマトを植えると病気になったり成長不良になる可能性があること。土の中の養分や菌が片寄ってしまうからだそうです。

だから動物たちに種を食べさせて、別の場所に運んで糞として植えてもらうってことか! と自分なりに少し納得^^;

連作障害のない野菜や果物もあるんだろうなぁ・・・。

とりあえず動物に運んでもらって別の場所に移りたい理由があるのですね!←むりやり

でもよくしたもので、例えばトマトだと、落ちた実をそのまま翌年の春まで放置しておくと、実の部分は土に溶けだしてなくなるのですが、周りの皮はしっかり春まで残り種を守っています。そして溶けだした実の養分を吸って立派に芽が出てくるのです。まあそこまではいいのですが連作障害があるので大きくはなれるのかわかりませんが。

 

まあ多くの果物や野菜は人間が作り出した品種っていうものが多くて、植物が本来生き残るために持った機能がどれなのがグチャグチャになっているのでなんともいえません・・・。種無しスイカとかもう人間のために生きるしかないという悲しい運命です(;_;)

 

 

 

なぜ秋冬に葉っぱを落とすのか

秋になるとひたすら落ち葉を掃いている年寄いますよね。ただの邪魔者、ゴミとしてみられがちな落ち葉。生まれたときから葉っぱは秋には落ちるもの、と見慣れているので何とも思わなかったのですが、よく考えると、冬になって寒くなるのにわざわざ葉っぱを落として裸になる?なんで?と思いました。

でも、やはり植物だって何百年も生きてきて今の形になっていて、全てのことに意味があるのです!

 

ではなぜ葉は落ちるのか。

落ち葉は木の根本に多く集まります。その落ち葉の下は霜が降りず、暖かくなり木の根っこに優しい環境になります。さらに暖かいことで微生物やミミズ、ダンゴムシやその他の生き物の憩いの場となります。そしてその生き物たちは落ち葉を食べて糞をすると、それが植物には嬉しい栄養分になるのです。

 


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①落ち葉を食べて生き物たちが糞をする

②糞を栄養として植物は元気に育って春には葉っぱを繁らせる

③土の栄養とは別に、太陽光での光合成を葉っぱで行い成長する。

④秋に葉っぱで落として根本を暖め養分を補給する

この繰り返しです。

 

また落ち葉が根本の土で腐っていき、土に混ざっていくことで酸素を含んだフカフカの土になり、さらに微生物なども集まってくるのでどんどん土の質はよくなるのです。

山の土を掘ってみればすぐにわかります。畑の土とは違ってフカフカしていて、土のいい香りがします。これは森が作り出した天然の肥料たっぷりの上質な土です。

本来の自然界の植物たちは、自ら生きるためのサイクルを産み出して、森のなかで放置されていても立派に成長していけるようになっているのです!

 

 

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森に近い環境を作ることが健康な野菜を作る?

品種改良によって産まれ、人間に甘やかされて育っている野菜たちは生命力が弱くなっているので、もちろん森のなかでは育つことが基本はできません。産まれたときから動物園にいるライオンが、いきなりサバンナに帰されても飢え死にしてしまうのと一緒です。 人間が肥料をあげて、世話をしなくてはほとんどの野菜は立派には育つことができません。

その理由の1つに、畑が綺麗にされ過ぎているというのも原因になっているのではないかと私は考えます。

雑草を抜いて、落ち葉などゴミも拾って、マルチシートで根本を保護して、半ば屋外工場のようにしている畑がほとんどです。人間からしたら綺麗な畑は気持ちがいいのですが、植物からしたら素っ裸で畑の真ん中に立たされている状態です。夏場は直射日光が根本に当たることで土の温度が上がって乾燥し、微生物やミミズなどの生物が住みづらい状態になります。秋も落ち葉も雑草も何もない植物の根本は寒いしエサもないので近寄りません。よってその植物の根本には肥料を与えなければ栄養がくることはなくなってしまうのです。

つまり、雑草も邪魔者として抜いて捨てられがちなのですが、その雑草の存在もまた意味があって、日陰をつくることで湿度を保ち、生物の生きやすい環境をつくり、根っこで土を耕し、雑草が枯れることでそれがまた養分になるなど、自然界の全ての生き物は支えあって共存しているのです。しかし雑草は成長も早いので土の養分を取っていってしまいますのでそこは加減が必要。私は処理した雑草は野菜の根本に敷いておくか、専用のスペースを設けてそこで腐らせて土と混ぜて天然の腐葉土を作って畑に戻すようにしています。

 

さらに面白いことに、野菜を食べに来るアブラムシなどを食べる天敵はてんとう虫なのですが、てんとう虫はヨモギに集まるアブラムシ(この種類のアブラムシは野菜は食べない)を食べに集まってきます。デタラメに雑草を抜いてしまうと害虫の天敵である昆虫も寄り付かなくなってしまう結果、農薬を使わないと野菜が虫に食べられてしまうということもあるのです。

キャベツなどに群がる青虫の天敵はハチです。なのでハチが住める環境を作ることで無農薬で青虫を抑制する効果も期待できるということです。

自然界は驚くほどにバランスのとれた環境になっています。無農薬でどうしたら害虫を抑えられるかというと、森や林などの自然な環境に近づけて畑を作ってあげることなのではないかと思います。もちろん放置ではありません。計算された放置です。

 

 

「野菜を作る」ではなくて「野菜が育つ手伝いをする」

このような畑の自然界のバランスに気付いたとき、興味を持って無農薬の本などを調べていると、「リンゴが教えてくれたこと」という本に目がとまりました。たしか実家で見かけたなぁと思い、母親に連絡して貸してもらいました。

早速読んだのですが、まあ著者の木村さんのリンゴに対する熱意がすごい!  昔のリンゴ畑は消毒だらけで栽培するのが当たり前だったらしく、畑にはドクロマークの看板がたたっていたそうです。すごいですよね^^;  そんな状態を疑問に思い、リンゴの無農薬栽培を始めたそうなのですが、全く実らず収入もないため家族を苦しめ、本人は首まで吊ろうとしたとのこと。まあ詳しい話は読んでいただけたらいいと思うのですが、こちらも自然界のバランスについてのことが木村さんの実体験をもとに書かれていてとても興味深く面白いです。

この本の中で木村さんはこう書いていました。

「人間が野菜たちを作るのではなく、私たちは野菜たちが育つお手伝いをすればいいのです。」

 

その通りだ!

全てを人間の思い通りにして自然界の絶妙なバランスを崩すことは避けなくてはなりません。その為には自然界の生き物たちに備わった本能や、自然界のバランスに目を向けて、改めて農業のあり方を見直さなければならないのかもしれません。

 

 

 

私的見解

話がズレたりと無駄に長くなってしまったのですが、結局言いたいことは、自然界の全ての存在や動植物の行動にはしっかりとした意味があって、その絶妙なバランスによってサイクルができてお互いを支えてあって共存しているということ。しかし人間は違います。なので人間も可能な限り、全てを人工化するのではなく、自然と共存しよう

ということです^^;

ズラズラと長文失礼しました。

 

リンゴが教えてくれたこと 日経プレミアシリーズ

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